著者 ラーダークリシュナ シュリ―マーリー(राधाकृष्ण श्रीमाली)
「ジョーティシュを学んでください」(ज्योतिष सीखिए )
という本を家の近くの書店で買ってみました。購入前は慎重に3回ほど立ち読みしに行って、ページ数が抜けていないか、印字が薄いところがないか確認して、書店にあった占星術の3冊の選択肢から選んでみました。事前に本のリサーチをせず購入したにも関わらず、初心者向けで幅広く解説され期待していたもの以上でした。
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著者は手頃な厚みの本を多数出版されていていますが、中にはタントラ向けの本もあるため、ヨガなど熟練していない人はあまり独習しない方がいいという意見もありました。タントラや瞑想は方法を誤ると精神が崩壊してしまう人もいますし、世俗っぽさが薄れるので孤高を貫けない環境だと逆に生きづらくなるのだろうか。
本の内容は、まだ精読していませんが初心者向けとして書かれているため幅広い視野とそれぞれの事柄について手短に解説されていて、全体像を知るにはよく構成された本だと思いました。
ただ、ヒンディ語の単語が現代的でないためか、古賀勝郎氏・高橋明氏(編)のヒンディ語-日本語辞典で調べてもわからない単語もあり、その時はヒンディ語ーヒンディ語辞書で調べるか、Quoraで投稿されている質問と回答を参考にしています。Quora はヤフー知恵袋みたいな位置づけで、真面目にインド人達が質疑応答しているので役立っています。
本来は母国語で熟達した日本人の先生に習うのが早道かと思うのですが、ネット環境もあまり良くないのと時差の問題もあり、地元で手に入った本を読むことが多いです。
今回日本で購入して持ってきた「インド占星術大全」(K.N. ラオ監修 著者M.S.メーター、翻訳 清水俊介先生)と併読して読みすすめています。「インド占星術大全」は中級・上級者向けです。こんな分析ができる著者の頭脳が凄いと思うのと、グラハ(惑星)やそれに関する神々を重んじない生き方は危なっかしい、と畏怖する気持ちになります。
インドの占星術師は手相も確認しますし、今まで見た占星術を知る僧侶の中には米を手の平に置いてその状態から家の吉凶の度合いを調べたり、家相がああでこうで・・と総合的に調べてマントラ伝授やプージャの祈祷で影響を取り除いているようです。
占星術や技法を使わない人で、直球で見定める人もいて、これが "第三の目で見る・心の目で見る" という "ディッビャァ チャクシュ(दिव्य चक्षु )"のことを言うのかなと思うのですが、相談者の人生をリーディングしてしまう超能力者(?)も何度かいました。
実例として私の主人は母親の母胎に居る時にその人に見てもらったのそうですが、まだ生まれていないのに宙を睨みながら『インドの古典文化に傾倒して、この農村では珍しくクルターパジャマを好んで着て、遠い外国の人と結婚するだろう』と言われたそうな。
私はそんな超人の次元は目指してないし、素地も無いのですが、状況を受け入れる器をヨガの教えや不断の心の訓練で作って、日々の過ごし方を設計するサポートとしてマントラなどのウパーヤ(処方箋)を知る事を目的としています。
寿命や天災に遭遇すること、失業、その他にも一般的に‘苦しみ’ととらえられる事を心配して恐れるだけなら鑑定だけでは足りないと思うんです。
例えるなら、医師に病名を教わって「治療法はありません、ただ耐えてください」と同じですから、それに対する処方と訓練が大事だと思って主にそこにフォーカスしています。
話はこの本の内容に戻ります。北インドに住んでいるからなのか、書店で手にとる本は全部北インド式チャートで、"中央"という意味をもつ"ケンドラ"や、"三角"という意味をもつ"トリコーナ"も北インド式チャートだと一目で分かりやすいというメリットがあります。しかし、アスペクトを確認するのは南インド式のほうが分かりやすいので、慣れるまで常に両方見並べて使いたいところです。
上の画像は、各々のグラハのコンビネーションで考えられる事柄が書かれているページです。条件は記されておらず、8室にあるのか10室にあるのかによって解釈が異なるので全部鵜呑みにしないほうがいいかなと思います。
本の後半では、マハーダシャーとアンタルダシャーの組み合わせがずらりと並び、それぞれのダシャーで起こり得る事柄が記載されています。これはあっさりと書かれているようで、自分のここ最近の出来事と照らし合わせて、ぴったり当てはまることだらけでした。
特に土星ーケートゥ期は強烈な体験が多かったので自分が監視されているのかと思うほどでした。まだまだ土星期は続くのですが、この先、"死に値する苦しみ"、"祖国から離れる"など書かれていて、万人に当てはまるわけではないのに、私自身はインドと日本の生活のリバランスが今起こりつつあるところなんです。
主人はマハーダシャーケートゥ期の締めくくり期で、ケートゥー土星からケートゥー水星に移行していくところです。この本の文字通り、間近に見ていて調子が良いのはわかります。来年の3月にバガヴァッド・カターと呼ばれるラーマやクリシュナ神話を集まってくれた人たちに数日間講演する企画をたてているらしく、何年も前からの目標だったそうですが、その日時がケートゥー水星期がスタートする時なので、自分の意思で計画しているようで、もっと大きな存在に動かされているかのように感じました。
因果や惑星、神々の祝福の存在を知ると、自分の意思で動いていると思っているものは、思っている以上に神々から見れば実は小さなものかもしれませんね。
また、この本から、気づいた点があれば続きを書きます。